次なる社会の初歩一歩

第15講 H-1

 前回、生きることについての必要かつ十分な条件を提示した。その上で、資本や権力に忌避して、これらがまがい物であると述べた。今回は、資本や権力、ひいては資本主義について少しばかり書いていこう。

 結論、資本主義には限界がある。しかし、この結論は資本主義に限ったことではなく、あらゆる主義主張、社会制度あるいは社会体制には限界がある。いずれ限界は来るのだ。違いは、それが早いか遅いかのみである。そして、資本主義の限界は、それ以前の社会体制、例えば農耕社会や封建制度に比べてとてつもなく早くに訪れた。言い換えると、その社会体制内での活動の速度が速くなってしまい、相対的に寿命が短くなってしまったのである。単純な現状把握ではなく、過程や結果までの論述をすべきところであるが、これをする技量がないため、現状を整理するにとどまることにする。

 さて、資本主義に限界が来たとき、当然、次なる主義や社会が要求される。マルクスはそれをある程度、見定めていた。このように書くと気づく人は気づくだろう。次なる社会とは共産主義社会である、と。しかし、かつてマルクスの『資本論』によってつくられた国家、ソ連マルクスの目指した社会ではないのだ。このことは、多くの文人や学者が主張するところであり、ほとんど断定できる事実である。

 マルクスが本当に目指した社会、それをマルクス主義社会と仮に名称する。その上で、次なる社会とは何か。それはマルクス主義社会ではないとだけ一言しておこう。具体的なことは次回以降に書く。