兎にも角にもその時も

第4講 S-9

 久々に売買をした今週。今年が残り一か月を切った今週。そろそろ、まとめの時期に入っていると感じ、この『常自語』でも同様に、5月下旬からの株式投資について回顧する必要があると考えている。とりあえずは、今週を振り返ろう。

○記録(11月28日-12月2日)

1日 情報・通信 1,705円 100株 売 (170,500円)△19,000円

1日 不動産業 1,300円 100株 買 (130,000円)

○評価

 まず、今週の市場全体は、木曜日に上がり金曜日に下がった。この事実を確認しておく。今回の売買のタイミングは良かったであろう。とくに売りの方は、金曜日には値を下げたため、ある程度うまく見切りをつけたといえる。しかし、この株価なら先々週に売れば充分だったのではとの見方もできる。とはいえ、先のことは誰にも分からないのだ。「見切りをつけた」と表現したが、これ以上はもういいだろう、という感覚がその「見切り」になったし、売ることを決断した要因である。

 では、買った方の銘柄はどうか。買うことに関しては、もう少し早いタイミング、市場が開いたすぐのタイミングで買えればよかった。だが、資金の問題によって、売らないと買えない状況だ。これは致し方ないことであろう。不動産業の銘柄を買うのは、久しぶり、あるいはこれで二度目かもしれない。つまり、かなり少ない回数である。ほとんど業種は気にしていないが、できるだけバランスよく、さまざまな業種に触れたいと考えている。

 さて、前回や前々回では「動く」ことについて話していたと思われる。「動く」ことの体現が、今週であった。動かなければ、株式投資においては売買をしなければ、変化をもたらすことはできないのである。変化はつまり、数字の変動である。数字とはつまり損益である。要約すれと、売買をすれば損益が変化する。このことを常に認知しておく必要があろう。

 

今月について

 これもまた久々にはなるが、別項を立てた。今回の最初に記した「まとめ」をもう少し具体化しておく。約7か月間の振り返りは当然のこととして、持ち越す銘柄や今年の総損益、反省と改善などを行う。この内容をいつ示すかは未定だが、見る人は恐らくいないのだ。いつも通り、気軽に行うことにする。

停滞は動いた故にある

第4講 S-8

 今週も売買はしなかった。もはや何というか、なんとも言えない。

○記録(11月21日-25日、23日は勤労感謝の日のため休場)

保有株式時価総額 900,000円(推定)

損益 ▼60,000円(推定)

○評価

 まず、正確な記録ができていないことを反省する。現在、確認することができない状況にあるため、仕方なく推定値として表記した。おそらく、かなり適当な数値になっている。しかし、損益がマイナスであることは確実であろう。

 変化がない、というのは嘘になるが、この一か月は今までにないほど変化がない。もちろん、多少の変化はある。刻一刻と数値は上下し、それによって、感情の変化も僅かにある。だが、8月や6月の頃のような変化はない。原因は自分自身にあるとして、根本的な要因は、それを変えようとしないことである。変えなければ、変わらない。同語反復と呼べるこの文言は、同語反復ゆえの当然さ、明白さを持っている。

 今回は、ここまでにしておこう。無駄に言葉を増やすべきではない。この記事において最大の欠点は、正確な記録ができていないことである。

内容を捉える二度三度

第4講 S-7

 進まない現状、変わらない日常、過ぎてゆく時間、減ってゆく元金。こうなると目的すら見えなくなることがある。しかし、現状は進まなくとも日常が変わらなくとも、確実に時間は過ぎているのだ。あまり悲観することはない。ただある現状を現状のままに受けとめ、ただある日常をそのままの日常として受け止めるだけである。

○記録(11月14日-18日)

保有株式時価総額 898,200円

損益 ▼63,300円

○評価

 重く圧し掛かる。これは損失に対してではない。現状と向かい合い、何か行動を起こすことができな自己に、まさしくその現状が圧し掛かるのである。つまり、何か行動をすれば、たとえそれが上手くいかずとも、思うようにならなくとも、行動したことを評価するだろう。分かっているのにできないのは、つまりそういうことなのだ。

 だが、やはり悲観しているわけではない。現状、生きているのだ。生きているならば何かすることは可能である。

 正直なところ、今回はこれ以上何か書くことはない気がする。否、書くことは有り余るほどにあるのかもしれない。しかし、どこから始めればよいのかが定かでないのだ。これはちょうど、何か話してほしい、と言われたときに似ている。何か、が広範囲すぎるために、話したいことはあるのに、話題やテーマを決めかねてしまう。そのような感覚だ。

 今回は、現状の報告というだけで終わってしまうが、おそらくこれで充分である。

思考停止になり得る考

第4講 S-6

 今週もなかなかに厳しい一週間であったが、昨日は市場全体として上昇したことにより、保有している株式もおおむね上昇した。もはや常套句になりつつあるが、今週も売買はしなかった。

○記録(11月7日-11日)

保有株式時価総額 986,200円

損益 △24,700円

○評価

 これをどのように評価すればよいのであろうか。無駄に言葉を並べているだけにはならないであろうか。最も厳しいことは、こうして何を記すべきか考え、それをこうして文章にしていることなのではないか。いくつもの疑問が浮かぶが、これらは株式投資による疑問ではなく、記事を書き、投稿することに関する疑問である。

 さて、損益がプラスとなった。はじめに記した通り、市場全体が上昇したことによるプラスだ。事実、木曜日の終値ではマイナスを維持した状態であったし、市場の営業時間中に保有している銘柄に何かニュースがあったわけでもない。この表現には含みがある。

 今回、はじめて決算跨ぎを故意に行った。以前に決算跨ぎをしたことがあるかもしれないため、このように書いておく。しかし、そのときは確かに意図していなかったし、そもそもそのようなシステムを理解していなかった。その点、今回については故意、つまり、敢えて行ったのだ。

 決算自体は悪くないであろう。一方で、月曜日に不安材料が残るのも実情である。今から何かできるわけでもなく、今からではどうしようもないのだ。だから、待つしかない。

 株式投資では何が起こるのか、これが予測の範囲外にあるのだとつくづく思わされる。さらに、資金力がものを言うのだとも思う。ならば、ここに知で立ち向かうのは一つの有効な手段であろう。考えること。以前から、再三言っているし、呪文の如く自己の脳内に訴えられている。考えること。ここまでくると、言葉すらも不要だ。とかく、考えること。

時には頼ることも必要

第4講 S-5

 売買をしない一週間。これに疑問を持つことが無くなった。決して、毎週一度は売買をしなければならないなどというルールがあるわけではない。しかし、スイングを一つの期間的な基準としていただけに、この現状は疑問を持つべきなのだろう。だが、どんな疑問であっても、慣れてしまえば疑問ではなくなるのだ。幾らかの恐怖さえ伴ったこの記述は、文面となったゆえにその恐怖をより鮮明にさせる。この事実は、心得るべきだろう。

○記録(10月31日-11月4日)

保有株式時価総額 903,800円

損益 ▼57,700円

○評価

 かなり不味い状況であることは疑いない。だが一方で、その不味さを感じつつも感じてない自己がある。そのような心理的状況はともかくとして、明らかな物事のみを書いていこう。先週、持っている株式を売り、その日のうちに別の銘柄を買った。そして、その銘柄は下落を続け、買った株価よりも10%以上下がったこともあったが、金曜日の終値は7%強の下落で落ち着いた。否。落ち着いている場合ではない。今からすれば、もっと考えるべきだった。その日のうちに買う必要があったのか、銘柄の選択が単純すぎていなかったか、焦りがあったのではないか。「たられば」は意味をなさない。可能なことは、これからをどうするのか、のみである。

 もう一つの銘柄は、大問題を抱えている。決算が近いため、これに頼るしかない。というよりも、この決算で変化がない、或いは、万一、下落を続けるのであれば、今年は「終了」の鐘が鳴る。それだけ、この銘柄は生命線といえるのだ。ならば今からでも遅くない、損益であっても売りさばけばよいではないか、との意見が出るかもしれない。しかし、それはできないのである。理由ははっきりしないが、何処となく、何かが訴えているように感じるのだ。多分きっと、これが今年の株式投資における大一番になる。これ、というのは、この銘柄の決算のことだ。泣きも笑いもできない現状に、少しばかりの嬉しさがもたらされることを願いところだが、ここは、少しばかりの期待に留める。

蛇足

 売買はしなくとも、株価のチェックは毎日、幾度も行っているのだ。だが、売買をしてないでただ眺めているというのも、時間がもったいないと感じなくもない。本気で取り組むべきなのだろう。そのためには、時間と気持ちがいる。そして、言い訳は無用だ。

一度の機会が何度ある

第4講 S-4

 久しぶりに売買を行った今週、結果を先に言うと、タイミングが悪かった。これに尽きる。具体的なことは後に譲るとして、とりあえず記録をしよう。

○記録(10月24日-28日)

26日 情報・通信 1,959円 100株 売 (195,900円)△5,000円

26日 情報・通信 1,515円 100株 買 (151,500円)

○評価

 確認したところ、26日が今月はじめての売買であった。つまり、今月は保有している銘柄は売ることなく、新たに銘柄を買うことなく過ごしていた。これは何を意味するのか。一つには、「平行」が考えられる。いくつか前の記事にも記した「平行」が今回も出てきた。売買をしなければ保有している銘柄の株価が上下するのみで、結果として損益確定は不変である。この不変こそが「平行」なのだ。変えなけらば変わらない、当たり前のことであろう。

 二つめとして、向き合う時間の減少が考えられる。つまり、放置である。仮に長期での売買をしているのならば、これでも多少は良いかもしれない。しかし、短期で行う場合は、そうはいかないだろう。日々の変化を観察し、思考し、行動する。向き合う時間の減少でもっとも危惧するべきは、思考をしなくなることだ。考えることの放棄が、何よりも危険であることは知っておくべきである。

 以上、二つを挙げたが他にも考えうることはある。しかし、このことにそれほど分量を割くわけにはいかないので、ここまでにしておこう。

 26日に売った銘柄は、売ったその日のうちに株価を上げ、翌日、翌々日と株価を上げた。なぜであろう。なぜこうなるのだろうか。そして、26日に買った銘柄。翌日、翌々日と株価を下げた。なぜであろうか。なぜ、こうなるのであろうか。

 もしかすると、現状の捉え方、自己の考え方が、あまりにも短絡的なのかもしれない。もっと落ち着いて、多少長い目で見る。かの、マイナス18万円は一度、忘れるくらいの気持ちが必要なのかもしれない。このマイナスを取り戻そうと必死になり、冷静さを失っている。このように受け止めることはできないだろうか。

 だが、自分自身で現状をある程度、俯瞰しているとは思っている。焦るな、慌てるな。時間はまだあるのだ。今年はあと2か月ある。そして、チャンスもまだあるだろう。変化をもたらすこと、そのために向き合うこと。これをできるかが、試されている。

心的余裕に靄がかかる

第4講 S-3

 やはり、今週も売買をしなかった。静観というべきか。市場自体がそこまで変化していないため、やりにくいとも思いつつ、かのマイナスが多少なりとも圧し掛かっているのだ。目標に向かって行動する、これをすべきである。

○記録(10月17日-21日)

保有株式時価総額 1,004,300円

損益 △3,400円

○評価

 ようやく保有株式の損益がプラスになった。しかし、手放しに喜べることではない。なぜなら、売るつもりが全くない銘柄が、大きなプラスになっているからである。つまり、この銘柄がいくら利益を上げようとほとんど全く利益となり得ないのだ。強いて言うならば、このように幾ばくかの心的余裕としては利益となっている。一方で、利益となり得ない利益というのは、靄がかかるような心境にもなる。そこで重要なのが、売るつもりのある、キャピタルゲインを目的として保有している銘柄の状況であろう。

 現在、先週と同様に3つの銘柄を保有している。1つについては、既述した通りだ。2つ目の銘柄は、これも先週と同じように多少のプラスを保っている。先週と比較しても、数円上昇した程度だ。今週にそれなりの株価にまで上昇したのだが、機運が悪いのか、あるいは能力の欠如か、売買ができなかった。このような、ともすれば無駄になりかねない保有が利益を上げられない一因かもしれない。判断力といってしまえば簡単だが、見極める力と実行する力を工夫する。

 そして、3つ目の銘柄。この銘柄は現状、上昇傾向にある。しかしならが、昨日の終値では買った時の株価までには至っていない。今週のなかでは、買ったときの株価を上回るタイミングがあったが、目標としている金額までには程遠い。こうなると言い訳として、静観するしかないのである。そこまで思い切った行動はできない。つまり、今ある状況で何とかして、何とかするしかないのだ。

把握

 まだまだ初心者である。まだまだ知らないことが数多ある。可能性はあるのだ。むしろ、すべては「ある」、すべてが「ある」と捉える方が現実的だろう。つまり、あらゆることが「ある」に存在しているのだから、その「ある」の中で必要なものや有効なものを持ち出し、それを活用する。

 思考し、行動する。このプロセスは必須だ。