余計難しくしていないか

第1講 S-7

 前回、「全ては既に在る」について、多少ではあるが具体的に記した。一人の脳では発想が乏しく、例をそれほど挙げることが出来ないが、あと幾つか示して、理解の一助としたい。

 理論。これは、特に数学や物理の世界で用いられるが、新しい理論は一様に「発見した」と言われる。つまり、新しい理論を「発明した」とはならないのである。そもそも理論は「theory」の訳語であり、「theory」の語源はギリシア語の「見ること」を意味する単語に由来するとされる。難しいことは分からないが、ここから断定できることは、「理論」は「見ること」である、ということだ。さらにいえば、「見ること」は当然ながら「生み出すこと」「作ること」ではない。ここから分かる通り、人間が何かを作ることはできないのである。

 それでは、新しいものを生産している人間の生活と矛盾しているのではないか、このように思うであろう。ここで空飛ぶ車を例にする。定義づけは難しいが、人間が発想するそれは大体一致しているだろう。現在、「作り出すこと」がなされていて、現実のものになりつつあるが、実は「作り出すこと」をしているわけではない。「かたち」として存在していないものを、「かたち」として存在させようとしているのである。つまり、「かたち」としてなかったものを「かたち」にすることで、ある種「見える化」をしてるのだ。

 

 まとまりが悪いため、次回に期す。