何であろうかこの感覚

第10講 S-4

 完全に失念していた。解せないにもほどがある。これは言いすぎか。ここで一つ、発想してみよう。

 ご多用に過ごしていたゆえに忘れたとは言えないだろうか。例えば、今日である。今日は特に予定がない、さらにいえば外的な要因での時間の縛りがない。つまり、他者が関わる予定がないのである。本来であれば、もっと早く文章を書いて投稿ができたはずなのだが、このようになってしまうということは、つまり、そういうことなのである。一方で、昨日は、珍しく予定があった。しかも、他者が関係する予定があった。そのため、言い訳にはなるが、失念してしまったのだ。

 さて、今回、ここに書くことはこれ以上ない。ただ、「生きる」すべてに僅かばかりの疑義が数多ある、というよく分からない一言を添えて終える。